カーシーその4 「永遠の地」

スカンダ神の話

『スカンダ・プラーナ』「カーシーの章」は聖地カーシーの由来を語っています。
聖地カーシーを出発し、別の聖地であるシュリーシャイラムへ向かっていた聖者アガスティヤは妻のローパ―ムドラの疑念を晴らしていました。ローパ―ムドラの疑問は、シュリーシャイラムが偉大な聖地であるならば、なぜそれほどカーシーを離れるのを悲しむのかというものでした。アガスティヤは、聖地の中でももっとも特別な聖地だと言えるカーシーの卓越性についての物語を語り、ローパ―ムドラの疑念を晴らしました。

二人は、聖地シュリーシャイラムに到着します。シュリーシャイラムは、シヴァ神と女神パールヴァティの子である軍神スカンダが住む聖地です。アガスティヤとローパ―ムドラはスカンダ神に会い、スカンダ神はアガスティヤの願いに応え、父であるシヴァ神の住居カーシーの秘密を語りました。

「カーシー」は「照らす」という意味で、光と関係します。ヴェーダにおいて「光」は「至福」という意味と同義です。そのためカーシーは「アーナンダヴァナ(至福の庭園)」とも呼ばれます。

永遠の実在(サティヤ)、全知(ジニャーナ)、無限(アナンタ)、至福(アーナンダ)である永遠の光輝は、ヴェーダにおいて「オーム・タット・サット」と呼ばれます。それは無形(アヴィカーラ)、無属性(ニルグナ)、遍在(サルヴァヴヤパカ)、不変(ニルヴィカルパ)であるとされています。

その永遠の光輝は、非二元的な唯一のものですが、幻想の力(マーヤ・シャクティ)をまとい、シヴァとシャクティ、あるいはプルシャ(純粋精神)とプラクリティ(根本原質)の二つとして現れます。これはサーンキヤ哲学的な描写です。

このシヴァとシャクティによる結びつきによって「カーシー(照らすもの)」が生じたとスカンダ神は語りました。

ちょうど電極の+極と-極が結びつく時に電気が生じ光になるように、シヴァとシャクティ、あるいはプルシャとプラクリティの結びつきが「カーシー(光)」を生じさせたのでした。カーシーは一つの都市の名前ですが、その存在の意義は、世界の生成についての存在論的観念と深く結びついていることがわかります。

シヴァは、世界を溶解させる働きを持ち、時間の最後にダンダヴァという全てを破壊する舞踊を舞います。そして妻である女神は、それを「目撃」する者です。しかしその最後の時にあっても、このカーシーは放棄されず保護されます。そのため「アヴィムクタ・クシェートラ(放棄されない地)」と呼ばれ、世界の溶解のときにも残る場所だとされています。

世界に大洪水があり、世界がほぼ全滅した後に人類が再生されるという「ノアの箱舟」の神話や、「マツヤ(ヴィシュヌの第一の化身)」などの洪水伝説が世界各地にありますが、そのような時にも残る場所だということなのかもしれません。あるいは意識における永遠の状態を指しているのかもしれません。その両方である可能性もあります。

カーシーは「マハーシュマシャーナ(亡骸の上で眠る)」とも呼ばれます。シュマは「亡骸」、シャーナは「眠り」、マハーは「その上の」という意味です。最後の時は、全生類だけではなく世界を構成する元素も、唯一なる実在へと溶解していきます。しかしカーシーは保護され、そのような全創造の「亡骸の上で眠る」ことから「マハーシュマシャーナ」と呼ばれます。これはカーシーが死者の火葬場であることとも深く関係していそうです。

創造・維持・破壊の三位一体

この世界の創造を担うのがブラフマー神、維持を担うのがヴィシュヌ神、溶解を担うのがシヴァ神とされています。シヴァ神の住処であるカーシーには、ヴィシュヌ神に由来する最重要である沐浴所「マニカルニカ(耳飾りの宝珠)」があり、ブラフマー神と深く関係する神である「カーラバイラヴァ(黒く恐ろしい者)」がいます。

スカンダ神は話を続けました。
シヴァ神は女神パールヴァティと至福の中で過ごしていましたが、ある時、このカーシーで息をひきとった人には解放を与えようと思いたちます。その意図をもってシヴァ神が女神パールヴァティを見ると、突然、比類ない美しさをもった存在が現れました。シヴァ神は言いました。

「ヴィシュヌ神よ、ヴェーダはあなたの息から生じた。そしてヴェーダと通してあなたは全てを知っている。ヴェーダによる創造と維持を完成させてほしい。あなたは『知』の主だ」

ヴィシュヌ神はシヴァ神の意を汲んで、苦行に入ることを意図しました。そしてスダルシャナチャクラという車輪の武器を使って美しい水場を作りました。その水場はヴィシュヌ神の汗で完全に満たされました。ヴィシュヌ神はその水場で、長きにわたってシヴァ神を瞑想しました。

その苦行に感銘を受けたシヴァ神は言いました。「あなたの苦行の衝撃によって私の頭がひどく揺れ、耳飾り(カルニカ)の宝珠(マニ)がその水場に落ちた。そのためその水場はマニカルニカ(耳飾りの宝珠)と呼ばれ至高の場所になるだろう」

現在このマニカルニカの沐浴所は、インドの沐浴所の中で最も聖なる沐浴所の一つとされています。この場所で沐浴されると死者の魂は解放されると伝えられています。

そしてスカンダ神は「カーラヴァイラヴァ」の物語を語ります。
創造の初期にブラフマー神は五つの頭を持っていました。当時のブラフマー神にはエゴがあり、シヴァ神の真髄を嘲笑しました。それを聞き激怒したシヴァ神は自分自身から「カーラバイラヴァ(黒く恐ろしい者)」という存在を作り出しました。シヴァ神はカーラバイラヴァにブラフマー神の首をはねるように言いました。カーラバイラヴァは即座に彼の左手の親指でブラフマー神の五つめの顔を切り落としました。このことによってブラフマー神は自分の過ちに気づき、深く後悔しました。そして改めてシヴァ神を称賛し、シヴァの祝福を得ました。

しかし、「バラモン殺し」の罪を負ってしまったカーラバイラヴァの手からブラフマー神の頭蓋骨が取れなくなってしまいました。カーラバイラヴァはありとあらゆる聖地で沐浴し、その罪を落とそうとしましたが、まったく効果がありませんでした。しかしカーシーに足を踏み入れると、すぐにその罪がなくなり、頭蓋骨は手から離れました。その場所は「カパラモーチャナ」という聖なる水場になりました。

ムリガシラ月の月が欠けていく8日目に、断食し、カーラバイラヴァ寺院で夜を徹すると、全ての罪から解放されるとされています。カーラバイラヴァのカーラには「(永遠の)時間」という意味もあり、バイラヴァは「シヴァの妃である女神の姿」だという深い意味を持ちます。つまりこのカーラバイラヴァもまたカーシーの分身のような存在であると言えるかもしれません。カーラバイラヴァはカーシーの守護者としてカーシーを守っています。また冤罪によって投獄されている人は、このカーラバイラヴァの物語を聞き、彼を思い出すことによって、その困難から解放されるとされています。



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