カーシーその3「シヴァとヴィシュヌは一つ」

『スカンダ・プラーナ』「カーシーの章」ではカーシーの秘話が語られています。

聖地で死んだ際にどこへ向かうか

マトゥラにシヴァシャルマという学者が住んでいました。彼はヴェーダや経典を研究しそれを学生に教えていました。しかし、年をとって心配事がでてきました。「これまでずっと研究と学習をしてきたが、実際に崇敬の念をもって神に仕えたり、ヤグニャなどの儀式も一切してこなかった」というのが彼の心配事でした。そして「まだ体が動く内に巡礼の旅に出よう!」と思い立ったのでした。

シヴァシャルマはすぐに旅に出て、アヨーディヤ、プラヤーグ、ガヤ、カーシー、ウッジャイン、ドワールカーなどの主だった聖地を旅しました。そしてハリドワールに着いてシヴァシャルマは息を引き取りました。この巡礼に行った功徳によって、死に際してヴィシュヌの従者がやってきて、彼を天界へと連れていきました。

ここでこの物語を聖仙アガスティヤから聞いていた妻のローパームドラーが疑問を持ちました。「ハリドワールは、そこで死んだ者に解放をもたらす地であるアビムクタ・クシェートラなのに、なぜそこで亡くなったシヴァシャルマが解放されずに、天界へ向かったのか」というのが彼女の疑問でした。

ヴェーダの世界において「天界へ行く」と「解放される」は異なっています。それぞれのカルマ(行為)に応じて、人はさまざまな存在に世界に生まれます。再び人間に生まれる人もいれば、より高度な神界や祖霊界の住人になる場合もあり、動物や阿修羅界など低い生まれになる場合もあります。この「生と死の流転」から脱することが「解放」であり、それが最高の目的地だとされています。

聖仙アガスティヤはローパ―ムドラーの疑問に答えるために物語を続けました。

ヴィシュヌの従者は、シヴァシャルマを連れていきながら様々な世界を渡っていきました。シヴァシャルマは彼の功徳によって、さまざまな世界を越えてヴィシュヌの世界に向かっていました。

その途上で、ヴィシュヌの従者がシヴァシャルマに説明しました。「功徳を持つ人よ、ハリドワールやその他の聖地で死ぬことは、解放への『門』です。カーシーで死んだ人だけが最終的な解放に至ります。その他の聖地はその過程となる高い世界へと連れていきます」

そのような話をしながら、シヴァシャルマはヴィシュヌの世界へ向かって、さまざまな世界を越えていきました。

まず、人生の中で神々の栄光を称えて歌った人々が行く「ガンダルヴァ界」へ行きました。その世界の住者は最高の幸福感をもって快適に暮らしています。この世界でシヴァとヴィシュヌの前で歌う幸運を得た場合には「解放」されます。

次に、人生の中で他の人々にプライドを持つことなく教育や医療を提供した人々が行く「ヴィディヤダラ界」へ行きました。

その後、シヴァシャルマは死と正義を司る「ヤマ神の世界」に来ました。

正義と死の神であるヤマ神の役割

シヴァシャルマは「ヤマ神の世界」で、温厚な姿のヤマ神を見たので驚きました。

このヤマ神は、日本には仏教を通して「閻魔(えんま)」として伝わっています。閻魔は死んだ人の生前の行為を記録し、それを映すことができる鏡を持ち、それに応じて裁きを行いますが、ヤマ神も同じ役割を持っています。ヤマの裁きによって悪行に対しては苦難を経験する世界へ行くことになります。そのため恐ろしい姿を持ちますが、このヤマ自身は高度な神であり、自身は非常に平安な世界にいます。

ヤマ神はシヴァシャルマに、常にダルマ(正しい行為)に即した行為をしていた功徳を持つ人が、自分自身のこの平安な姿を見ると話しました。そして「正しい行為」と「不正な行為」がどのような行為であるかをシヴァシャルマに伝えました。そして言いました。

「シヴァシャルマよ、この私を見る機会を得るのは、非常に稀なことである。またもし、死に際して、私の従者が恐ろしい姿で近づいて来ても、ヴィシュヌ神とシヴァ神を念想すれば逃れることができる。私の従者は退散する」

この理由のために、死ぬ際だけではなく、生きている間は常にシヴァとヴィシュヌの名を歌い、思うべきだとされています。そしてヤマ神は『シヴァ・ケーシャヴァ・ストートラ』をシヴァシャルマに教えました。それはシヴァとケーシャヴァ(ヴィシュヌ)の一体性を伝えるものでした。このストートラを詠唱し、学ぶ人は、シヴァ神とヴィシュヌ神の一体性を知ることができると言われています。

シヴァシャルマのその後

シヴァシャルマはヤマ神の許可を得て、次の世界へと向かっていきました。シヴァシャルマは、八つの方角の世界、七つの惑星の世界、北斗七星と北極星の世界、マハルの世界、ジャナの世界、タパの世界を旅し、ブラフマー(梵天)が住むサティヤの世界に達しました。ブラフマーは、シヴァシャルマが聖地ハリドワールで息を引き取ったため、このサティヤの世界に至るさまざまな世界を見る幸運を得たと語りました。そして聖地カーシーに勝る場所はないのだと言いました。聖地カーシーの主であるシヴァリンガ「ヴィシュヴェーシュヴァラ(一切の主)」に勝るシヴァリンガもないと教えました。

ブラフマーは続けてシヴァシャルマに語りました。シヴァ神は聖地カーシーを三叉の矛の先端に置いて保護しているため、世界が溶解する最後の時にも、カーシーは最後を迎えることがありません。そのためカーシーで息をひきとっても、死と正義の神ヤマは入ることができず、永遠の解放である境地に至ります。

ブラフマーは、シヴァシャルマにシヴァとヴィシュヌの真実を教えました。そしてシヴァシャルマのその後を予言しました。シヴァシャルマはついにヴィシュヌの世界に到達します。そしてヴィシュヌの世界に住んだ後に、ヴルッダカーラ王として生まれ変わります。彼は王として多くのシヴァ寺院を建設します。そこにある苦行者がやってきて「この寺院は誰が建てたのか?」と聞きます。ヴルッダカーラ王は答えます。「私と妻は、ただシヴァ神を礼拝しています。この寺院を建てたのはシヴァ神です」。すると苦行者はシヴァに姿を変え、ヴルッタカーラ王が試験に合格したと語ります。シヴァは言います。「誰も自分自身によって、善行や慈善を行なったと言うことはできない。全ては私の意志によって起こる」。

このようにしてシヴァシャルマは、聖地を巡礼した功徳で、さまざまな高度な世界を旅し、ヴィシュヌとシヴァの祝福によって永遠の存在へと解放されたのでした。

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